第132話 Nelson squares/ Wet Nelly ネルソンスクエア/ウエットネリー

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okashi


<Nelson squares/ Wet Nelly ネルソンスクエア/ ウエットネリー >

前話に引き続き、今日の話題の中心も1940~50年代の食糧難時代のお菓子について~。第二次世界大戦中どころか、戦後8~9年間もつづいたイギリスの食糧配給時代。限られた材料の中で、何とか知恵を絞り、甘いおやつやデザートを作り食卓から家庭を明るく保っていた頼もしいイギリスの主婦たち。ケーキ作りといったら、まずはグラム単位まで材料を計って、あ~でもこの材料がないからお買い物に行かなくちゃ!そんな時代がやって来るなんて想像する暇もありません、創意工夫を凝らし、今、手元にある材料で子供たちを笑顔にすべく、なかなかどうして美味しいお菓子を作り上げていました。小麦粉にはじゃが芋やオーツを加えてかさ増しをしてスコーンやクランブルを焼き、お砂糖が足りなければ人参やビーツなどの甘い野菜を入れたケーキを焼き、特に貴重品だった卵はなるべく使わないですむように、お酢を加えて膨らませる、トレンチケーキやビネガーケーキのようなものを作り出します。またお酢の代わりにバターミルクやサワーミルクといった酸性のミルクを入れて作ることもありました。「Grasmere cake(グラスミアケーキ)」もバターミルクと重曹のおかげで、卵なしで作れるフルーツケーキの一種。

エッグレスですが、固いわけでもないし、これはこれで美味しいグラスミアケーキ☆

エッグレスですが、固いわけでもないし、これはこれで美味しいグラスミアケーキ☆

 

他にこの時代のケーキの材料としてよく登場するのが、コンデンスミルク。以前コンデンスミルク(エバミルク)とお砂糖だけでタルトのフィリングを作ってしまった「ジプシータルト」が登場しましたが、やはりこれもこの時代に生み出されたもの。コンデンスミルクはお砂糖やバターのように毎週配給されるものではありませんでしたが、当時、ポイント制度といって、一人当たり月に16ポイントや20ポイントなどと与えられるので、それで必要なものと交換することが出来たのです。衣類や魚類などの他に、缶詰のフルーツやコンデンスミルクなどもその選択肢の中にあったのでした。試しに当時のレシピで作ってみた「コンデンスミルクケーキ」はお砂糖も油脂類も一切使わないのに、焼きあがったのは、家庭のおやつならこれで充分でしょうと思えるフルーツケーキ。まったく、Necessity is the mother of invention(必要は発明の母)、多くのイギリスケーキは主婦たちの材料を大切に使いきる知恵と工夫、どんな状況でもデザートは大切よね!という甘いもの好きの国民性から生みだされている気がします。

ちょっとしっかりめのスポンジにミルキーな甘さのコンデンスミルクケーキ☆

ちょっとしっかりめのスポンジにミルキーな甘さのコンデンスミルクケーキ☆

 

さて今日のタイトル「Nelson squares(ネルソンスクエア)」もそんな材料を無駄にしないお菓子のひとつ。名前は地方により、ネルソンスライス、ネルソンケーキとも呼ばれています。子供たちが学校帰りにでも買えるようにと、ベイカリーでも一切れ1ペニーほどで売られていたそうですが、その安さの秘密は残り物。1日の最後、残り物のケーキや乾いてしまったパンを砕いてボールに入れ、ドライフルーツやスパイスも加えたら、なんとそこに加えるのはお水。全体がしっとりまとまったらフィリングの完成。これをやはり寄せ集めの残り物ペストリーでサンドして焼いたのがネルソンスクエアです。だから、お店によって、あるいはその日の残り物によって、味はさまざま。でもそれもかえって楽しいのかも(笑)。これが1つ目の「ネルソンスクエア」。

スコットランドのブラックバンを思い出す味☆

このタイプのネルソンスクエアはスコットランドのブラックバンを思い出す味☆

もうひとつのバージョンがブレッドプディングタイプ。こちらは乾いてしまったパンを1時間ほどお水につけておき、絞ったパンをちぎってボールに入れ、バターやお砂糖、卵やドライフルーツなどを入れて型に入れて焼いたもの。要は牛乳がお水になっただけでいつものブレッドプディングと似たようなものなのですが、違いがひとつ。それは名前の由来にもなっている「ネルソン」に関係があります。ご推察のとおり、ネルソンスライスのネルソンはイギリスの英雄ネルソン提督。彼がトラファルガーの海戦で亡くなった際、本国に帰還するまで遺体が腐敗しないようにと、ラム酒の樽に入れられて運ばれたというのは昔からまことしやかに語り継がれているお話し(どうやら真実とはちょっと違うようですが)。そこで大抵このブレッドプディングにはひとさじのラム酒、そしてシトラスピールは高価だったので、その代わりにマーマレードが加えられています。どちらのタイプもネルソン提督の生まれ故郷である、Norfolkの名物として有名ですが、後者のブレッドプディングタイプは「Wet Nelly (ウエットネリー)」の名でリバプールの郷土菓子としても知られています。

ブレッドプディングタイプのネルソンスクエア☆

ブレッドプディングタイプのネルソンスクエア☆

また、ブレッドプディングをペストリーでサンドしたような前者のタイプのネルソンスクエアは、ほぼ同じようなものが「Chester cake」「Gur cake」の名でアイルランドで親しまれています。

それにしても、ほぼ同じようなお菓子なのにいろいろな名前があったり、同じ名前なのに、全然違う姿だったり、なんだかイギリスのお菓子ってややこしい!  なんて思ってしまいますよね。でもそれもこれもお菓子がその土地の人々の生活に密着し、親しみを込めた名で呼ばれ、またその土地ならではの変化が加えられながら受け継がれてきたものだからこそ。細かいことは気にせずおおらかな目で見てやってください。そしていつもひとコラムひとつのお菓子についてだけにしようと書き始めるのに、ついつい似たようなお菓子をどんどん引きずり込んでかえってややこしくしてしまう「おかし百科」も、あわせておおらかにお付き合いいただければ幸いです。。。

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About Author

宮城県仙台市出身☆ 2008~2012年イギリスにてイギリス文化&イギリス菓子を大吸収するかたわら、日本で主催していたお菓子教室をつづけていたところ、あぶそる~とロンドンの編集長に出会う。 現在の居は巡りめぐって宇都宮。イギリス菓子教室 'Galettes and Biscuits' にてイギリス菓子の美味しさ&魅力を静かに発信中☆ 2018年2月 美味しいイギリス菓子をぎゅ~っと詰め込んだレシピ本「BRITISH HOME BAKING おうちでつくるイギリス菓子」、2018年 12月 「イギリスお菓子百科」。2020年12月「ジンジャーブレッド 英国伝統のレシピとヒストリー」、2021年9月「British Savoury Baking 古くて新しいイギリスのセイボリーベイキング」 を出版。インスタグラム@galettes_and_biscuits

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