第74話 Grasmere gingerbread~グラスミアジンジャーブレッド~

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okashi


<Grasmere gingerbread グラスミアジンジャーブレッド>

イギリス北部カンブリア地方の中でも風光明媚なことで知られる湖水地方。鮮やかな緑、点在する美しい湖、その牧歌的な風景はまさにベアトリクス・ポターが描いたピーターラビットの世界。WindermereにAmbleside、観光客を惹きつける場所は多くありますが、詩人ウイリアム・ワーズワースが暮らし、終の棲家としたGrasmere は特に人気の地。ワーズワースが賛美し謳ったその自然を一目見ようと多くの人が足を運びます。そんなグラスミアの名物が今日ご紹介する「グラスミアジンジャーブレッド」。イギリスには地方地方ごとに異なるジンジャーブレッドが数多く存在するのですが、大抵はしっとりケーキタイプか、かりっとしたビスケットタイプ。ですがここグラスミアで有名なのはどちらにも当てはまらないユニークなタイプ。薄い板状、ケーキとビスケットの中間と表現される食感、ジンジャーの風味もしっかり効いています。そしてこのジンジャーブレッドにさらにスペシャル感をプラスしているのがそのショップ。「Grasmere Gingerbread」という名でジンジャーブレッドを販売することが出来るのはグラスミア村でもただ1軒、「Sarah Nelson’s グラスミアジンジャーショップ」だけなのです。

湖水地方特有の白い壁の小さな可愛らしいおうちです☆

湖水地方特有の白い壁の小さな可愛らしいおうちです☆

ワーズワースも眠るSt. Oswald’s 教会に隣接する小さなコテージに、このジンジャーブレッドの生みの親、セーラ・ネルソンが引っ越してきたのは1852年頃のこと。そして1854年に彼女はこのジンジャーブレッドを考案し、家の前に置いた小さなテーブルで村人や旅人に向けて売り始めたと言われています。それから160年以上、レシピは大切に守られ、今も当時と同じ製法と同じ場所で作り続けられています。その気になるレシピはトップシークレット、アンブルサイドの銀行の金庫の中に大切に保管されています。お店でも配合を知っているのはたった一人なのだとか。今では全国的に有名になり、毎日行列が出来るほどの繁盛店ですが、オリジナルのレシピと手作りの味を守り続けるために、数多ある店舗拡大の誘いを断っているそうです。またもうひとつの理由はとにかく出来立てを食べて欲しい、その思いからなのだとか。他のジンジャーブレッド類は長持ちするものが多いため、これもそのひとつと思われてしまうそうなのですが、セーラ・ネルソンのグラスミアジンジャーブレッドに関しては焼きたてが一番で、その味はあまり続かないのだそう。本当の味を知りたければお店に来て下さいね、と言うことのようです(^^)

薄くてほろりとした表面、ジンジャーの風味に紅茶がまたすすみます☆

薄くてほろりとした表面、ジンジャーの風味に紅茶がまたすすみます☆

ところで、グラスミアでは昔、ジンジャーブレッドは別名「Rush bearer’s cake」とも呼ばれていました。今でこそ「グラスミアジンジャーブレッド」というとこのセーラ・ネルソンのショップの板状のものをさしますが、もともとこの地域にはしっとりしたケーキタイプのジンジャーブレッドもビスケットタイプの薄いものも両方存在していました。そしてこのジンジャーブレッドはセーラ・ネルソン一家も眠る隣のSt.Oswald’s 教会と深く関わっています。この教会では19世紀半ばまで床のイグサを運んできてくれる人’Rushbearers’(大抵子供たちだったようですが) への給金としてジンジャーブレッドが渡されていました。当時の教会の床は土がむき出しのまま、その上に香りの良いイグサを敷いているだけだったのです。この風習は教会の床が石に敷きかえられると同時に消えていきましたが、今もお祭りの際にイグサと花で教会を飾る風習として残っています。現在も毎年夏に行われる「Rushbearing」のお祭りでは、「rushmaidens」と呼ばれるイグサ色のドレスを身にまとった6人の少女がイグサと花で飾られた布を広げて村を行進します。そして礼拝の後はこの日のためだけに作られるしっとりタイプのジンジャーブレッドが振舞われるそうです。

いろいろなグラスミアジンジャーブレッドのレシピが残っています☆

いろいろなグラスミアジンジャーブレッドのレシピが残っています☆

またワーズワースの妹ドロシーの1803年の日記にはジンジャーブレッドに関するこんなことが記されています~

‘Intensely cold, William had a fancy for some ginger bread. I put on Molly’s cloak and my Spenser, and we walked towards Matthew Newton’s. I went into the house. The blind man and his wife and sister were sitting by the fire, all dressed very clean in their Sunday clothes, the sister reading. They took their little stock of gingerbread out of the cupboard, and I bought 6 pennyworth. They were so grateful when I paid them for it that I could not find it in my heart to tell them we were going to make gingerbread ourselves. I had asked them if they had no thick – “No,” answered Matthew, “there was none in Friday, but we’ll endeavor to get some.” The next day the woman came just when we were baking and we bought 2 pennyworth.’     ~ on January 16 Grasmere journal Dorothy Worsworth~

ジンジャーブレッドが大好きだったウイリアムとドロシー、1月のある寒い夜、コートを羽織ってジンジャーブレッドを買いに出掛けていきます。二人は厚いタイプのジンジャーブレッドが欲しかったのですが、その日は薄いタイプのものしかもう残ってなく、それを買って家へ帰ります。で、翌日自分たちでジンジャーブレッドを焼いていると、昨晩のジンジャーブレッド屋さんが厚いタイプのものを持ってきてくれました~みたいな内容です。夜に買いに出かけるなんてよほど食べたかったのでしょうね(^^)ワーズワース兄妹の微笑ましい日常のひとコマがよく伝わってきます。

セーラネルソンのレシピを知る術はありませんが、昔のレシピ本に残る他のグラスミアのジンジャーブレッドの材料はこの辺りで採れる安価なオーツを細かく挽いたもの、近くのWhitehavenの港から入ってくる精製されていない褐色の砂糖に、ジンジャーなどのスパイスとどれも手に入りやすいものばかり。ワーズワース兄妹に限らず、地元で相当愛されていたのでしょう。ワーズワース兄妹が焼いたジンジャーブレッドもさぞかし美味しかったのでしょうね、おそらく前日買えなかったスティッキーな厚いタイプで~なんてなんだか想像もふくらんでしまいます~

 

 

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About Author

宮城県仙台市出身☆ 2008~2012年イギリスにてイギリス文化&イギリス菓子を大吸収するかたわら、日本で主催していたお菓子教室をつづけていたところ、あぶそる~とロンドンの編集長に出会う。 現在の居は巡りめぐって宇都宮。イギリス菓子教室 'Galettes and Biscuits' にてイギリス菓子の美味しさ&魅力を静かに発信中☆ 2018年2月 美味しいイギリス菓子をぎゅ~っと詰め込んだレシピ本「BRITISH HOME BAKING おうちでつくるイギリス菓子」、2018年 12月 「イギリスお菓子百科」。2020年12月「ジンジャーブレッド 英国伝統のレシピとヒストリー」、2021年9月「British Savoury Baking 古くて新しいイギリスのセイボリーベイキング」 を出版。インスタグラム@galettes_and_biscuits

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